薔薇娼婦




に出会ったのは、気まぐれに行った吉原。趣向を変えて、商売女でも抱こうかとふと思い立っただけ。いつもの気まぐれさえ起こさなければ、適当に女の家に行って寂しさを紛らわせていた筈だ。
やる事は一緒。ただ、人が違うだけ。
吉原の浮世と現世を隔てる赤い橋を渡って、萌葱楼に入った。吉原のたくさんある楼の中では萌葱楼にいるマリがお気に入りだった。
「いらっしゃい、旦那。いつもの娘にしますか?」
3回来ただけなのに、牛太郎はしっかりと俺の事を覚えているようだ。そういえば、1週間前にも来たのだったな。
「それとも新しい娘にしますか?」
マリを抱こうと思っていたが、新しい娘という牛太郎の言葉に興味を持った。普通新人はお得意客に提供するものだ。生娘を抱きたがる野郎は尽きないのだから。
「どんな娘だ?」
「じゃじゃ馬ですが、かなりの美人ですよ。吉井の旦那好みの娘です」
「年はいくつか?」
「17歳か、18歳かいずれにしても、まだ脂の乗った時期です」
俺は数秒考えて、結局その新しい娘を買う事にした。たまには良いだろう。
案内されて通された部屋は、マリのいたところよりも数段格が上のようだ。花魁にもその才能によってランクがあるが、新人でこのランクというのはどんな娘なんだ。
それなりに教養がないと、こんなところにいきなり来れる筈はない。
「失礼します。です」
煙草を吹かしていると、襖越しに声がかかりやがて、ゆっくりと開いた。正座してこちらを見る姿は、大輪の花のように美しい。
小生意気そうな目線が、俺の好みだ。
「おいで」
手招きをすると、は一度お辞儀をして部屋に入ると、また正座をして襖を閉めた。火鉢を囲って向かい合って座り、が入ってくるときに持ってきた熱燗を俺に勧める。
格の上の花魁ともなれば、酒の相手をするだけで目が飛び出るほどの金を取る。だが、それは理由あっての事だ。高い金を取るだけあって、会話が心地よい。頭も切れるが、聞き上手な娘が多い事も確かだ。それだけで、癒された気になって帰る男もいる。
酒を注ぐ手が、白くて透き通った奇麗な手をしている。貧乏人が食うために売られた娘達がしている手ではない。わずかに震えている手が、慣れていない事をあらわしている。
どこか良いところの娘が分け合って身売り。そんな所だろう。
「お酒お強いですね」
俺が水を飲むかのように煽っているのを見て、消え入るような声でが言った。瞳には知性の光と、軽蔑と、絶望が現れている。
「お前も飲むか?」
「……と呼んでください」
は俺を睨み付ける。思った通り気の強そうな娘だ。

俺が名前を呼ぶとびくっと体を震わせる。
そんなに俺が怖いか……?
「不安?」
「不安はありません」
が驚いたように目を見開いて、首を振った。気の強い娘だ。必死に俺に見くびられない様に商売女を気取っている。だけど無駄だ。
「心配?」
「ちがいます」
「怖い?」
「怖くありません」
俺は一気にとの距離を縮めると、の折れそうなほど細い手を取り無理矢理自分のほうに引き寄せた。
「なら、さっそくヤろうか」
が驚いたように俺を見上げて、俺はそれを平然と見返す。は泣きそうな顔をしているが、唇を噛んで泣くまいとしていた。このまま抱き上げて、屏風の裏に行けば布団が引いてある。しかし、そこに行ったらこの娘、悲鳴ぐらいは上げそうだな。
俺はをつかんでいる手を、自分の口元まで持っていって手のひらにキスをした。すると、初めて触れられて感情が高ぶったのか、の目から一筋涙が零れ落ちた。
「どうした?」
俺は彼女が不安に掻き立てられているのに、あえて気がつかない振りして顔を覗き込んだ。すると、堪えきれなくなったのか唇を噛むのを止めて、ぼろぼろと泣き出す。
いぢめ過ぎたみたいだ……。
感情が高ぶりすぎて、コントロールできなくなっただけだろう。俺はを抱きしめて頭をなでてやった。声をほとんど出さずに泣いているは、必至に泣くのを止めようとしているのか深く呼吸をしていた。
俺はを引き剥がして、の唇に自分の唇を合わせた。お互いの体温を確認するための唇を合わせただけのキス。は俺が唇を合わせたときに、一回だけ体を震わせて、離れようとしたが俺の唇に捕らえられると、観念したのか腕を俺の首に回して抱きついてきた。
犬の鳴き声が風に乗って、わずかに聞こえる。欠ける事のない月が俺達二人を照らし出していた。


つづく