| 花吹雪 |
|
夢に包まれた ほんのささいなあの時の 君の匂いは恥じらうしたたかな花 呪われたように 何かに取り付かれたように 夜な夜な名を呼んだ くちびるでふさいでくれ ----------------------------------THE YELLOW MONKEY「花吹雪」 「人は、本来は死んでいるのが当たり前で、生きているというのが間違いなのです。 間違い…バグとも言うべきかしら?」 そんな、不思議なことを言ったのはだれだっただろうか。 吉井和哉は、ふと思い出した言葉に煙草の煙を吐きながら記憶をたどった。新曲の歌詞がどうしても思い付かなくて、焦れば焦るほど別のことを考えたくて、なぜか、この言葉を思い出したのだ。 ソプラノの良く澄んだ声がこの言葉を述べていたような気がする。 短くなった煙草を灰皿にこすり付けて火を消すと、隣で煙草を吸っていた菊池英昭が驚いたようにこちらを見ていた。 手にしている、煙草の灰が落ちそうだと思いながら和哉は言った。 「エマさん……何?」 「その科白、吉井、いいの?」 舌たらずなしゃべり方で心配そうに和哉の顔を英昭は覗き込む。 「科白……?あ、俺、声に出していた?……恥ずかしいなぁ」 和哉はそう答えながら、パズルのピースがすべてはまったような感覚を覚える。 「思い出した……俺、いままでずっと……忘れていて」 和哉の脳裏に、満開の桜の花が風に舞って散っていく風景がフラッシュバックした。 「ね、吉井、思い出と記憶の違いって何か知っている?」 英昭が煙草を灰皿に擦り付けながら聞いた。 「思い出はいいことばかりで、記憶はいやなことばかりだ」 「いやな思い出も、いい記憶もあるよ」 それもそうだ、と和哉は思いだまってしまう。 英昭は、微笑みながら返答する。 「思い出は、記憶しているけど、記憶は思い出せないんだ」 今は、春。それを彼は思い出す。 日の光が真っ白に部屋全体を照らして、眩しいくらいのこの部屋で一人の男が絨毯に座って、ソファに腰掛けている女に質問をする。 季節を感じさせるものがない部屋で時がたつのすら忘れさせる。 「どうして、バクだって言い切れるの?」 「人は、なぜ眠るとき安らぎと喜びを感じるのでしょう。それは、本能が元の状態に戻りたがっているから。眠りから覚めるときは不機嫌です。生まれるときも同じこと。本来、覚醒とは不快なものです。みんな、生まれたくないから母親の体内から出て泣くのね。」 女は白いワンピースを着ていて、部屋が明るい所為で輪郭がぼやけて見えた。 「僕が知っている範囲で、笑って生まれてきたのはゾロアスターぐらいだ」 「よくご存知ね。ゾロアスターが生まれたとき、そばに7人の賢者がいました。ブッダが生まれたとき7歩歩きました。……孤独を知っているものは泣かないのです」 「あなたは?あなたは泣いたはずでしょ?」 「さあ、もう忘れましたわ。和哉さんは、泣きましたね」 「うん……覚えてないけど。絶対泣いたと……思う。僕は、孤独を知らなかったから」 今は、春。それを、吉井和哉は思い出す。 それを忘れてしまったかのように、女は長袖のワンピースを着ている。汗すらかいていない。この部屋の中は暖かくもなく、寒くもない。きっと、季節を感じるにはカレンダーを見るしかないようだ。 「1から10までの整数を、二つのグループに分けてその積は等しくなるかしら?」 「僕数学苦手なんだよ……」 和哉は、嫌そうに眉をひそめる。女は、子供を諭すような母親のような口調で和哉の頭をなでながら説明する。 「等しくならないのよ。7があるから。7さえなければ、積は等しくなるの。だから、7は孤独な数字なのよ……」 頭をなでてもらっている心地よさに、和哉は肩をすぼめる。自分より女は年下なのに、まるで年上のように振る舞う彼女が和哉は気に入っていた。 非常に頭がよくて、哲学的な女だった。 緩やかに波打つ長い髪に、和哉は囚われた。 「そんなことより、ね、……いいでしょ?」 和哉は膝立ちになり、女を抱き込むようにして耳元で優しくささやく。女は無表情でわずかに抵抗するがそれも、和哉に受け流される。和哉はかわりに、息をつく暇もないほどのキスを与える。 「ふーん……じゃ、うまくいってんだ?」 ライブハウスでの、ライブを成功させて打ち上げでメンバー全員でいつもの飲み屋で乾杯した席で、和哉は英昭に現在の恋人の話をした。 「ああ、このまま結婚もいいかなって」 和哉は、こころのなかで彼女の名前に自分の名字をつけて呼んでみる。 「吉井ってああいう女に弱いよね。グラマーな、お姉様系にさ」 「エマさんは二の腕でしょ?……誰かいないの?」 「いても、おまえには教えないよ」 「ひどいなぁ……」 「和哉さん…もう、この部屋にはこないでいただけませんか?」 女が入れてくれたコーヒーを危うく吹き出しそうになりながら、和哉は吃驚して女を見つめる。 「どういうこと……?ああ、引っ越すから?」 最悪の考えを、押し出すようにして和哉は言った。ポケットに入っている小さな小箱を握り締めた。 「そうではありません……もう、これっきりにしましょう……と」 「どうして?僕、なにかした?気に入らないことでも……ラジオで言ったことはみんなうそだよ……君しか……みてない」 混乱しながら、女の肩に半分しがみつくように和哉は言った。半分涙声だった。 「それは、関係ありません……嫉妬しなければならない理由はありません」 女の表情はまったく変わらない。絶対零度のような声が和哉の胸に突き刺さる。 和哉は、泣きそうになるのをこらえて女を抱きしめる。 「嫉妬しないならなぜ……?僕のことは…」 「あなたに、はじめから愛情を抱いてはいません。……正直に言えばあなたに殺されたい……と思ったときもありましたが……」 「殺される……?」 「誰かに干渉してほしいと思うのは、愛と呼ぶのでしょう。それなら、殺されるというのは他人に干渉してもらっているということ。……私が死ぬ日をカレンダーに印をつけたいわ……なんて、素敵なのでしょうね」 女は和哉の耳元で、優しくささやく。お互いの心臓の音が聞こえてきそうなほど近くにいるのに、世界で一番遠くにいるように和哉には感じた。 「初めてなんだ……結婚したいと思った女は……君だけ……」 「家庭を持ちたいのなら、ほかの女性を探しなさい。私は……無理でしょう」 「やってみなくちゃわからないよ」 「あなたはそうかもしれません。よき夫、よき父親そうなる可能性を秘めています。しかし……私はもうすぐ……」 女は言葉を濁らす。その言葉の後に、不吉な言葉が続くような気がして和哉は抱きしめる手をいっそうを強める。ひんやりとした女の体温が気持ちいい。 「和哉さんには、話しておきましょう。信じる、信じないはあなたの勝手です。信じなくてもこの場合は絶対多数の人間があなたを正しいというでしょう。私を軽蔑してくださっても結構。私が他人なら、狂人の戯言だと……思うでしょう」 「君の言うことは、信じるよ。ずっとそうだった……」 「率直に言いましょう。私はこの時代の人間ではありません。……ちょっとした事故でこの時代に飛ばされてきたのです。4月にもとの時代に帰ります。あなたと関係を持つことがどのように歴史に影響されるのか、わかりませんが本来なら、あってはならないことだったのです」 「そんな……SFみたいな」 「……いまから、10年後の今日。もし覚えておいでなら、私に会いにきてください」 「どこに?」 「私と、初めて会ったところに」 約束するよ、といって和哉は女にキスをする。ポケットから、指輪の入った小箱を取り出して、彼女の指にはめる。 「これを、きみに。君に会えて……よかったよ。きみの言葉がどれだけ支えになったか分からない」 プロポーズの言葉を和哉は飲み込みながら、呟いた。 「花吹雪の舞うころ、一ヶ月後の始めてあったあの、桜の木の下に…きてくださる?わたし、そこから、帰るから」 女は初めて、和哉の前で涙を流した。目から一筋の水が頬をつたって落ちた。 和哉は、彼女をソファに押し倒し涙をぬぐった後深くくちづけた。 「まさか、そんな話信じてるの?からかわれたんだよ。別れてくれそうになかったから」 「エマさん……彼女はそんなことするような娘じゃないよ」 和哉はむきになって、英昭の常識論を封じる。あれから一ヶ月後、初めて会った桜の木の下に英昭と和哉はたっていた。 和哉は最初独りで行こうと思ったのだが、英昭が車で送るよといったのでそのままついてきてもらった。 「知っているよ」 英昭の呟いた声が、いつになく感情的で和哉はそらしたままの英昭の顔を覗き込んだ。漆黒のひとみの色に、切なそうな輝きを見出して和哉は、息が詰まった。一瞬のうちにそれは消えて、英昭は無邪気な笑顔で和哉を見返す。 エマさん、彼女が好きだったんだ……。 俺、今まで気がつかなかった。 初めて彼女と会ったとき、メンバーが一緒にいた。偶然花見にきていて桜の木の下で倒れている彼女を助けたのがきっかけだった。 和哉は一目見てすぐに、彼女に熱を上げた。誰が見てもそれとわかるほどだった。 「あんまり、熱を上げるなよ」 そういったのは、アニーだったっけ? 「熱を上げてないよ……熱はかってに上がるんだから」 そうやって、英二に答えたときの英二の複雑そうな表情と英昭の切なそうな顔がはっきりと蘇る。 ずっと、彼女が好きで 俺のために何も言わなくて、心に秘めてて 「ごめん……エマさん」 「なあに?吉井、何か俺に誤るようなことしたの?」 俺が、口を開こうとしたときに彼女は現れた。いつものように真っ白なワンピースと今日は小さなバックを手にしている。 「信じて、くれたのね……風が強くなったら、帰るから……この桜ね、不思議な力を持ってるんですって……幾度もこうして時空を駆け巡った人がいるのよ」 御伽噺でも話しているかのような口調で彼女は二人に話した。次の瞬間風が強くなって、桜の花びらがすべてを埋めるように舞いあがる。 一瞬、砂埃と桜の花びらが邪魔になって目をつぶった。風が収まって目を開けると、彼女はどこにもいなかった。 「ほんとう……だったんだ」 英昭が呆然と、つぶやく。 夕日が二人を照らしていた。 「あれからしばらく吉井ったら、なにかに取り付かれたようだったね」 「そんなにひどかった?俺?」 もう一本煙草に火をつけて、和哉は笑った。 「酷かったよ……ファンの女の子からはさ、影があって素敵ですなんていわれてたみたいだけど……吉井?」 座っていた和哉が急に立ち上がり不審に思った英昭が声をかける。 「エマさん、行こう、あの場所に。今日10年目だ……」 和哉も英昭も上着を手にとってあわただしく外に向かった。英昭が車を運転してあの時の桜の木の下に向かって駆ける。 桜の木の下には誰もいない。二人ともあのときと同じように立って待っている。 その瞬間、風が吹き荒れて和哉と英昭は目をつぶる。 風が止んで、目を開けるとすぐ近くの桜の根元にさっきまでいなかった女の子が倒れていた。 和哉が走りよりそっと抱き上げる。長袖の白いワンピースの、少し波打つ黒髪の女だった。 すぐに気がついたらしく、ひとみがそっと開いた。 和哉の顔をまじまじと見詰め、呟いた。 「帰ってきたのね、わたし。和哉さん、エマさん信じて、来てくれたのね……?」 和哉は彼女を抱きしめ、名前を呼んだ。 話したい事 山のようにあったけれど もうどうでもいい 今は君に触りたい 抱き合っていたら希望も悩みも忘れる だらしないくらい 何度も何度も下さい 花吹雪 風の中 君と分かれた道 花吹雪 ふり続く 他に誰もいない 花吹雪 幻覚を見てたような毎日 花吹雪 花吹雪 風の中を泳げ |