カナリヤ



時々、夢を見る。
大好きな人と、一緒に居る夢。

夢だと分かって、つらくて、泣き出しそうになる。
夢は、きっと……


麗奈の気まぐれにつき合わされて、私はライブ会場へと足を運んだ。インディーズだけど、絶対にメジャーデビューしてる奴等よりいけてるよ。って麗奈にいわれて、いわれるままについてきた。
ライブハウスに入って、少し心拍数が上がったみたい。
こういうところは、初めてだから。
麗奈は慣れたしぐさで、開演するのを待っている。
「メンバーはね、みんな色男よ。他の男が霞んで見えるわ」
麗奈が、大輪の花のような笑顔を見せてそういった時、ライブは始まった。
日本人ばなれした、彫りの深い人形のように整った顔立ちの男が、言葉を紡ぎ出すと不思議と血が沸き立つ。
彼の、長いまつげが目を伏せると頬に影が揺れる。
あまりにもステキで、人間じゃないみたいで、思わず見蕩れていると目が合った。にやっと微笑んでその後、こちらをじろじろ見ながら歌っている。
恐くなって、私から目線をそらした。横に居た麗奈に彼の名前を聞いた。
「ロビン。あなた、あの男がいいの?」
いいとか、わるいとか、そう言うんじゃなくて、なんだか目を離せない妖しい魅力があった。
彼の姿を追っていくうちに、ライブは終わって、そのまま打ち上げみたいな雰囲気になだれ込んだ。
麗奈はみんなと知り合いみたいで、楽しく話しの輪に入っているが、私は馴染めなくて一人で酒をあおっていた。
「となりいいかな?」
私は急に鼓動が高くなるのを感じた。全身の血が沸き立つ。
彼が、声をかけてきたのだ。
「どうぞ」
「やっぱり、近くで見ても可愛い」
彼の顔が、すぐ目の前に合って私は、頬が火照るのを感じた。私が顔を赤くしているのが分かったのか、ロビンはくすくすと笑いながら、自分のグラスを口元に持っていき中身を口に含んだ。
琥珀色の透き通った飲み物だ。
「ねぇ。名前なんて言うの?」
慣れた手つきで、私の髪の毛をいじりながら囁く言葉に背筋が震える。
マリと口に出すだけで精一杯だった。
「いい名前だね。マリって可愛いから他の男がほうっておかないでしょ?」
私は、そんなことはないと否定しながら首を振った。
ロビンの目が、猫のように細まりきらりと光った。
「ね、じゃあさあ、今晩俺と一緒に眠らない?」
あまりに露骨に誘われて、それまで湧き立っていた気持ちが、冷水を浴びせられたように冷めていった。
そこまで、尻軽じゃない。と私は一緒に寝ることを拒否してその場を去ろうとした。
慣れない酒というわけじゃないのに、立ち上がるとくらくらした。
安酒だわ……メチルアルコール呑んだみたいじゃない。
内心悪態を吐きながら、歩こうとすると、大きな腕にはばまれた。
長い腕が私を包み込み、支えるように抱きしめられた。不思議と、その腕が暖かく感じられて気持ち良かった。
「危ないな。お酒に弱いの?」
言うまでもなく、ロビンが私を抱きしめている。
もう、大丈夫だからとロビンの腕から離れようとするのに彼は、離してくれない。
「すこし、外で風でも当たる?」
私の肩を抱いたまま、ロビンは私を外へと連れ出した。
連れ出された先は路地裏で、人通りも無いし、非常に目立たない人目にもつかないところだった。
ビルの間から、冴えた色をした月が覗く。
外の急に冷えた風を感じて、少し寒くて首を縮める。
ロビンに名前を呼ばれて、顔を上げると驚く間もなく、自分の唇にぬくもりを感じる。
キスしたまま、腕を取られて壁に体を押しつけられる。あまりに慣れたしぐさで、抵抗する間も無い。
長いキスが終わって、唇が離れるとロビンは耳元で囁いた。
「ね、俺と今晩一緒に眠ろうよ?」
囁き終わると、そのまま耳たぶをロビンの口に含まれる。いきなり、肌に触れられて感情が高ぶったのか、私の目から涙が零れ落ちた。
「泣くほどいや……?」
ロビンが、私の目から零れ落ちた涙を唇で掬って、そのまま私に口付ける。
「嫌なら、抵抗してよ」
囁きながら、息をつく暇も無いキスをくれる。
出会ったばかりの女を抱けるような、軽い男は嫌いなんだけど。
だけど。彼の囁く言葉が優しすぎて。
……何處か空虚で。満たしてあげたかった。
ろくな抵抗もできないで、結局私は、彼に抱き着いてキスを返す。
そのまま私は、彼にお持ち帰りされてしまった。




そして、私とロビンの関係は一夜限りだった。次にライブに行っても、彼は他の女を口説いていて、他の女を持ち帰っていた。
結局私は大勢の都合のいい女の一人だったのだ。
何度ライブに行っても、彼が私に見向きしてくれたのははじめてあった、あの日だけ。
私はつらくて、夢にまでロビンと一緒にしあわせそうに笑ってる夢を見る。
夢から覚めて、夢も、あの日の出来事もひとりだけの妄想だったと無理矢理自分を納得させた。
でも心の何所かで、彼が私の元に返ってきてくれると思っている自分が、憎い。


あの日、19歳になった夏。
初めて触れた生身の男。
もう一度、会ってくれたら素直に自分の気持ちを言えたかもしれないのに。