LOVE SAUSE


この所ずっと気だるい。原因は、多分一人でいるからだ。いつもだったらこのぐらいの時間にはどこかの女の家で楽しくやってるに違いない。
先週、ある女の家をつまらない我が侭で飛び出して以来ずっと自分の家で夜を過ごしている。
そう、ひとりで。
俺は煙草の煙が描く幾何学模様を呆然と見詰めて、ため息を吐いた。終電が無くなったであろう時刻だというのに、俺の頭は活性化されるばかりだ。短くなった煙草を灰皿に押し付けてテーブルの上に放り出してある、煙草の箱を手に取った。
箱は空だった。俺はそれをぐしゃりとつぶし狙いをつけてごみ箱に投じた。
また、もう一つため息。
俺は立ち上がり家の近くにある自動販売機に煙草を買いに行った。夜空を見上げて星を見る。満天の星空とはいかない。ここにだって環境破壊とやらが起きているのだ。ぽつぽつと見える星の間から青白く光る月が俺を見下ろしている。
月は魔力を持っていると思う。
何故だか分からないけれど、俺はいつも月に魅せられる。
特に、今夜みたいに大きな満月の日は。
自動販売機の前まで来て、俺は重大な過ちに気がついた。夜中は煙草が買えないのだ。俺は舌打ちをしてここから、さして遠くないところにあるコンビニまで歩いていった。
コンビニでいつも俺が吸っている煙草を買って家に足を向けた。
物音一つしない静寂な夜に、俺は少し寒気を覚える。闇の中に吸い込まれそうだ。そんな俺の空想を打ち切るように背後で足音が響く。
カツカツカツと、一定のリズムで少し怒ったような、きびきびとしたハイヒールの靴音だ。テンポにして145ぐらいかな。
いつもなら気にしないのに今日はどういうわけか振り返ってしまった。
月に魅せられた所為かもしれない。
街灯の明かりでかろうじて分かるぐらい離れた距離に、一人の女が歩いている。時折顔に手を当てている。泣きながら歩いているのか。
放っておけばいいのに、いつもなら放っておくのに今日は何故か彼女に興味を持ってしまった。
止めておけばいいのに、俺はその場にとどまって彼女がこちらに来るのを待ち受けた。
「あ、逃げないで 俺、怪しくないから」
自分で、馬鹿なことを言っていると苦笑した。彼女が、待ち伏せしている俺を見て逃げ出すように走り出したのだ。
俺の苦しい言い訳を信じたのか、話しだけはしてやろうと思ったのかどちらかは分からないが彼女はその場に止まり俺の方に振り向いた。
俺は心臓の鼓動が少し早くなるのをぼんやりとした中で感じた。
彼女は天使みたいだった。
女性にしては割と背の高い部類に入る身長で、夜の闇を切り取ったかのような黒髪が緩やかに波打って地面に向かって伸びている。肌は処女雪のように白く滑らかで、二重瞼で瞳は今は涙にぬれている。頬はうっすらとピンクがかっていて唇は触れたいほどに柔らかそうな桜色をしていた。
「なに?」
涙目でちょっと俺の方を睨み付けながら返事をしたときは最高にセクシーだった。声も可愛い。
「いや、その・・・・・・なんで、泣いてるのかなって」
「貴方に関係ないわ」
そっけない返事がたまらない。
「そうだけど、気になったんだ」
彼女の魅力の前に、俺はまともな口説き文句が出てこない。俺はこんな不器用だったか?俺の答えのどこが可笑しかったのかは分からない。だが、彼女は今にも消え入りそうな微笑を湛えてそう、といった。
急に下を向くと彼女はそのまま泣き出してしまった。感情をコントロールする装置が限界を超えたのだろう。
俺は彼女の涙を奇麗だなと思いながら、ズボンのポケットからハンカチを取り出して彼女の手に握らせる。
俺の手が彼女の手に触れると、彼女は肩を震わせて俺を見上げた。
「俺の部屋に来る?少しは気が楽になるはずさ」
もう、俺の中で彼女を一人にはしておけないという決まりができていた。俺はただその決まりを忠実に守ろうとしているだけだ。
俺のハンカチで彼女が涙をぬぐうと俺の瞳を見詰めると黙って肯いた。
その仕種がたまらなくいじらしい。



俺の部屋に彼女を上がらせる。適当に座るようにいって俺はコーヒーを入れに部屋を出た。喉が焼け付くように熱いブラックコーヒーを俺は二つのカップに入れて部屋に入った。一つを彼女の目の前に置いて、もう一つは俺が手に持った。
熱いコーヒーを飲むと頭がクリアになる気がする。地獄のような熱さとは良く言ったものでこの熱さがコーヒーの存在価値だと思う。
「どうしたの?」
俺はコーヒーカップを両手に持ったまま黙っている彼女に声をかけた。
「彼が・・・・・・私・・・・・・今でも、こんなに好きで・・・・・・・・そんな自分が・・・・・・」
語りながら、目から大粒の涙をぽつぽつとこぼす。
彼女が泣いていたわけを話し終わることには、俺は彼女の気持ちが分かったような気になっていた。
「その男酷い男だよね」
俺の言葉に彼女は淋しそうに微笑む。
それが、たまらなく愛しく思えた。抱きたいと思った。
彼女がその恋人とやらをまだ忘れられないのを知っていても、俺は自分を押さえることができなかった。
そっと腕を伸ばし彼女を抱きしめた。ほのかに優しい花の香がしてさらにぎゅっと抱きしめる。
彼女は抵抗しない。ただ、黙って俺の腕の中で泣いている。
苦しいかと思い俺は腕をゆるめて彼女の顔を覗き込んだ。彼女がぬれた瞳で俺のことを見上げる。ぞくぞくするほどセクシーな視線だ。
俺は、その思わず触れたくなってしまうほど柔らかそうな唇に自分の唇を触れさせた。
軽く触れて、2回目は深く彼女の全てを吸い取るように口付けをする。
長いキスの後、唇を離すと彼女がポツリと呟いた。今まで聞いたことがないほど澄んだ声で。
「これで、私もあいつと同じなのね」
「喧嘩両成敗さ」
彼女が肯く。その顔があまりに可愛くてまた口付けをする。
その夜、狭いベッドで俺達は互いに求め合った。何度も、何度も、強く、強く。
俺が繰り返し求めると、彼女は笑って照れた。それが、さらに俺を虜にする。
どこか温かくて、胸もいっぱいになり俺は「これが愛だ」と思った。彼女に愛を感じた。いつも、ずっとそうだ。
女を抱くたびに愛を感じる。愛しいと、思う。
女が違えば、またその女に愛を感じる。
窓から空を見上げると、月が俺達のことを見ていた。その月さえも愛しい。


次の日、起きると俺の隣で一つの布団に包まって眠っていたはずの彼女がいない。俺が入れたコーヒーカップを文鎮にして置き手紙がテーブルの上においてあった。
昨日のお礼と、まだ、彼があきらめきれないと書かれた手紙だった。
読み終わり、何故か涙が頬を伝う。
淋しい。
少し・・・・・・苦しい。
こんな事はじめてだった。
淋しくて、少し・・・・・・苦しい
俺は、彼女のことを忘れられなくて今夜、また、君のことを・・・・・・。